蒲田行進曲 <松竹/角川春樹事務所>


  スタッフ
  製作 角川春樹
  原作・脚本 つかこうへい
  プロデューサー 佐藤雅夫 斎藤一重
             小坂一雄
  企画 松竹映像株式会社
  監督 深作欣二
  撮影 北坂 清
  音楽 甲斐正人
  録音 荒川輝彦
  照明 荒地 栄
  美術 高橋 章
  編集 市田 勇
  助監督 比嘉一郎
  主題歌 「蒲田行進曲」  松坂慶子
           風間杜夫 平田 満
    「恋人も濡れる街角」 中村雅俊
  オリジナル・サウンド・トラック
    コロムビア・レコード(CD発売中)
  製作協力 東映京都撮影所
  スチール 金井謹治
  1982年10月9日公開
  ビデオ発売中(松竹ホームビデオ)

 


 出演
 松坂慶子 平田 満
 風間杜夫 清川虹子
 高見知佳 原田大二郎
 蟹江敬三 岡本 麗 
 汐路 章 榎木兵衛 
 高野嗣郎 石丸謙二郎
 萩原流行 酒井敏也 
 清水昭博 長谷川康夫 
 荒井岱志 関本郁夫
 千葉真一 志穂美悦子 
 真田広之 他

 ブルーリボン賞作品賞
 報知映画賞作品賞
 日本アカデミー賞作品賞
 キネマ旬報日本映画
 ベストワン 他受賞

 原作
 「蒲田行進曲」(光文社文庫)
 「つかこうへい劇場2・
   蒲田行進曲」(角川書店)
 「つかこうへい
  戯曲シナリオ集3」に収録
   (メディアファクトリー)

 


<ストーリー> 
売出し中の映画俳優・倉岡銀四郎(風間)は、自分の子供を身ごもった落ち目の女優・小夏(松坂)を、取り巻きの大部屋俳優・村岡安次(平田)に押し付ける。
盲目的に銀四郎を崇拝し、結婚すら黙って受け入れるヤスを初めは苛立たしく思う小夏だったが、やがてヤスの献身的な愛情を受け入れるようになる。
そんな時、銀四郎の主演映画「新撰組魔性剣」の見せ場、池田屋・階段落ちシーンの中止が決まる。危険な撮影にスタントマンさえ嫌がったのである。
ヤスは小夏の反対を押し切り自ら志願して階段落ちに挑むのだが……


つかこうへいの直木賞受賞作の映画化。舞台は1980年初演。
今更ストーリーを説明するまでもないくらい有名な映画である。
主役の3人にとっても間違いなく代表作だろう。特に銀ちゃんはその魅力的なキャラクターで鮮烈な印象を残し、一時は風間の代名詞といってもいいぐらいだった。
あまりにも当たり役だったために、どんな役でも銀ちゃん的な味を要求されてしまう時期もあったが、それだけみんなから愛されていたということだろう。今『蒲田行進曲』というとヤスでも小夏でもなく、真っ先に銀ちゃんを思い浮かべる人が多い。確かに映画史に残る名キャラクターだったと思う。
舞台の『蒲田行進曲』は、ヤスと銀ちゃんの関わり方がとてもヘビーで、特に初演の柄本明&加藤健一のコンビは、そのSM的な関係が何だか妙にリアルで観ていてとても辛かった。笑える場面も多いのだけれど、笑いがすぐにひきつってしまうという感じ。舞台では人間のどうしようもないダメさや残酷さを容赦なく描いている。そのどうしようもない人間たちの愛しさもまたきちんと描いているから感動的な作品となっていたのだけれど、惨めさを真正面からとらえた演出は重く、私にとっては、凄いと思っても好きだ!と素直に言える芝居ではなかった。
舞台で風間が演じた銀ちゃんは加藤版に比べれば軽やかで都会的で可愛らしくて、表面的には楽に観られたが、やはり辛い芝居には違いなく、これを映画にするなんて、それも監督が『仁義なき戦い』の深作欣二だなんて、いったいどんな映画が出来上がるのやら想像も出来ず、失礼ながら大して期待もしていなかった。松坂慶子のような大スターが小夏を演じるというのにも違和感があった。
ところが、失敗作では?と思っていた映画『蒲田行進曲』の良かったこと。
つかこうへいにとって想像の世界だった映画界は、深作欣二にとっては日常である。そこに生きる大部屋俳優たちへの眼差しは暖かく、ヤスへの共感も深い。そのぶん銀ちゃんが描きこみ不足となった感は否めないが、池田屋の階段を登っていく風間のカッコよさには見とれてしまう。このカッコ良さだけで充分だと思ってしまうぐらいだ。
男性から見た女性の理想像を体現したような小夏も、朴訥で素直な味のヤスも、舞台とはまったく違う良さがあった。泣く・笑う・手に汗握ると、娯楽映画の基本をきっちりと押さえ、判りやすくそれでいて内容は濃い。
ヤスが自分でもよくわからない怒りと憎しみを小夏とお腹の赤ん坊にぶつけるシーンも、演じた平田のキャラクターにおうところが大きいのだろうが、嫌悪感を覚える一歩手前で止まっていた。銀ちゃんという男を愛した二人の人間の結びつきようが、階段落ちという危険な行為を前にして、切なく胸に迫ってくる。辛いが印象的なシーンである。
舞台ではヤスが階段を落ちたところで終わっていた(平成版では初演と違いハッピーエンドだったが)。助かったのか死んだのかも判らない。死を賭けて階段を転げ落ちるという行為そのものが自ら惨めさを選び取り傷つくことでしか自己の存在を確認できない当時のつか芝居の、登場人物の心情を具現化したような行為であり、行為の結果を描くことにはあまり興味はなかったのではないかと思う。
しかし映画はそうではなかった。転がり落ちた階段をヤスは必死に這い上がってゆく。そしてそのヤスに銀四郎は「上がってこい、上がってこいヤス!」と階段の上から手を差し伸べるのである。銀四郎だけではない。その場にいる人物全員が、そしてカメラが、ヤスの行動に涙と声援で答えている。ここでは階段落ちは下降指向の象徴ではなく、熱き活動屋の一世一代の見せ場であり、ヤスが小夏のお腹の子の父親となるための儀式にも見えてくる。晴れてヤスは笑顔で赤ん坊を抱く。初演の舞台からは想像も出来ない幸せな結末だった。
そしてあのラストシーン。映画を見ていない人の為に詳しくは書かないが、ディフォルメされた人間たちのドラマを観客が素直に受け入れることが出来たのは、あの幕切れの鮮やかさがあったからではないだろうか?そして出演者たちの輝くような笑顔に、映画に描かれた活動屋魂が本当にあるような気持ちにさせられ、幸せな気分になれたのだと思う。

この映画の風間はどのシーンもいいが、私が好きなのは、ヤスと小夏の家庭に押しかけ「朋子にオレの良さを説明してやってくれ」と小夏に頼むところ。風間の台詞のテンポがたまらなく心地いい。
「朋子は英語が喋れるんだぞ」と自慢し「英語が何よ!」と小夏に言い返されると一転して気弱になり「いやだからその朋子さまがね」とブツブツ言いはじめるシーンの、緩急自在なことといったら!何度見ても可笑しい。それに銀四郎の残酷なのに憎めない性格もよく出ていた。
その他、ヤスを訪ねて撮影所にやってきた小夏にプロポーズするシーンや、飲み屋(ししとう)で荒れる銀ちゃんも好きだ。もちろん土方歳三に扮した風間がカッコいいのは言うまでもない。
舞台の演技をそのまま映画に持ち込みながら、これほど映画的に輝いた作品は他にはないのではないだろうか?
「人生感動!」が確かこの映画のコピーだったが、映画も感動!が基本だろう。
芸術だなんだということでななく、映画を見ることの一番単純な喜びを味わわせてくれる作品だった。風間ファンとしても映画ファンとしても、大切にしたい映画である。

※文中敬称略