上海バンスキング <松竹/シネセゾン/テレビ朝日>


     スタッフ
   監督 深作欣ニ
   脚本 田中陽造 深作欣ニ
   製作総指揮 奥山 融
   製作 織田 明 斎藤守恒
   原作 斎藤 憐
   撮影 丸山恵司
   美術 森田郷平 横山 豊
   音楽 越部信義
   録音 高橋和久
   照明 野田正博
   編集 鶴田益一
   特撮監督 矢島信男
   振り付け 山田 卓
   助監督 南部英夫
   主題歌 「月光価千金」
         歌:松坂慶子 
          志穂美悦子
   挿入歌 「ウェルカム上海」
   1984年10月6日公開

 


  出演
 松坂慶子 風間杜夫
 志穂美悦子 宇崎竜堂 
 平田 満 夏木 勲
 ケン・フランケル 三谷 昇
 草野大吾 長谷川康夫 
 綾田俊樹 湯沢 勉 
 三輪鎮夫 黒石正博
 光井章夫 石川 晶 
 島田康夫 来住野 潔 
 レイチェル・ヒューゲット
 マキノ佐代子 梅津 栄
 ポーラ・セスリン
 ナディーン・フロムマー
 西田 良 李 潤久 
 中村元則 他

 


<ストーリー>
昭和11年夏、上海の港にまどかとシローの夫婦が降り立つ。パリで新しい暮らしを始めるため、マルセイユに向かう途中のことだった。
当時の上海は東洋のジャズのメッカ。まどかは一日だけの滞在のつもりだったが、シローはマルセイユに向かうつもりはなく、実は上海でのジャズマンとしての生活が目的だった。
港に迎えに来ているはずのシローの友人バクマツがいない。仕方なく直接バクマツの家を訪ねる二人。バクマツはアメリカ人の顔役ラリーの経営するダンスホール「セントルイス」にバンドマンとして出演していたが、ラリーの愛人である中国人ダンサー・リリーと恋仲になってしまい、ラリーとその手下に追われて、出迎えどころではなかったのである。
まどかとシローの前に、バクマツ、リリー、ラリー一味が現れ大騒ぎになる。バクマツの指を折ると脅すラリーをまどかは必死で説得。シローとまどかの二人がセントルイスで働くことを条件にバクマツは許されたのだった。
まどかとシローの上海での生活は楽しく弾むような毎日だった。日本でまどかに恋心を抱いていた左翼学生・弘田が現れまどかに言い寄るが、まどかは相手にしない。日本で警察に追われ上海に逃げてきた弘田だが、ここにも特高の手が及び再び逃亡する。
あっという間に1年が過ぎた。バクマツとリリーは結婚することになり、その祝いにバクマツの中学時代の友人・白井中尉がやってきた。しかしパーティの最中に下士官が白井を訪ねてくる。日本と中国の間に戦争が始まったというのだ。ジャズマンたちの生活に戦争が暗い影を落としてゆく・・・。
 


オンシアター自由劇場の大ヒット舞台(1979年初演)の映画化。
深作欣ニが監督、松坂慶子、風間杜夫、平田満の「蒲田行進曲」メンバーが復活ということで、話題となった。確か有楽町マリオンのオープニング作品だったと思う。
私は自由劇場の舞台を二回観ている。とっても大好きな作品だった。大阪公演の時には地下鉄の車内でこの舞台を観たばかりの観客たちによる「ウェルカム上海」の大合唱が起こったという逸話(伝説?)があるが、それも納得できるような素晴らしい舞台だった。
だから、初めて「上海バンスキング」が蒲田トリオで映画化されると聞いたときは興奮した。「シローの役を風間さんが!なんて幸せ!」
でも不安もあった。深作欣ニと自由劇場では世界が違いすぎるのである。「蒲田」だってミスマッチだと思いながらあの仕上がりだったのだから、見てみなければ判らないとは思いつつ、しかしそうは言ってもまだ「蒲田」には撮影所や大部屋という共通項があった。「上海バンスキング」には何がある? 強いて言えば戦争だろうか。そう、出来上がった「上海バンスキング」を見ると、戦争場面の比重が大きい。
廃墟となった街を胸をはって歩く日本兵士。それを見つめる上海市民。銃剣に刺し貫かれる女性など、戦争の残酷さが生々しく描かれている。これは舞台では表現出来ないし、また自由劇場にしてみれば描こうとも思わなかっただろう。そういう直接的な表現をしないところが自由劇場版の雰囲気の良さでもあった。
「上海バンスキング」映画化に当たっては松竹と自由劇場の間にトラブルがあったと伝えられている。私は詳しい経緯や結局どう決着が着いたのかは知らない。ただ雑誌のインタビューで舞台でまどかを演じた吉田日出子が「(深作版を見て)作品が可哀そうになった」と発言したのを読んだ記憶はある。
その後、自由劇場は自ら映画版「上海バンスキング」(1988年)を舞台と同じ串田和美の手によって制作しているが、この映画を見ると自由劇場側がどんなに深作版のギラギラした派手な衣装や野暮な描写を嫌ったのかがよく解る。ストーリーだけでなく、セットや衣装照明も含めた雰囲気を自由劇場は大切にし、ファンもそこを愛していたのだと思う。
しかし自由劇場の舞台に囚われることなく一本の映画として見た場合、私は深作版「上海バンスキング」をそう悪い作品だとは思わない。
最初は舞台のイメージが強烈に頭に残っていたから、素直に見ることが出来なかったが、深作監督が言う「軟派が戦争でどうなるか」という視点で見ると、それなりに面白く出来上がっていたと思うのだが。群集シーンや野外でのダンスシーンなど、映画ならではのダイナミズムがある。逆に自由劇場版は、センスはいいのだが映画的な面白さに欠けたと私は思う。
しかし深作版にも不満な点はたくさんある。衣装やセットの趣味の悪さ。上海という街の匂いもジャズに魅せられた男達の雰囲気も、ほとんど感じられないこと。そして最大の弱点はクライマックスにシローが見る幻想シーンがお粗末なことである。素人目にもはっきりとわかるぐらい画面が汚い。今ならもっと合成シーンを上手く作るのだろうが、当時としてもあのシーンは酷かったのではないか。正直言ってがっかりだった。
風間演じるシローは、まどかを騙して上海まで連れてきながら、ニューオリンズに行けるチャンスがあるとなると、アメリカ人女性と一緒に上海から逃げだしてしまういい加減な男である(この女性に結局は騙されシローは日本に帰るはめになる)。いい加減で弱虫ではあるのだが、憎めない愛嬌があるのが銀ちゃんと共通するところだろう。
テンポのいい演出の中でいきいきと動く風間を見ることが出来るという点で、ファンにとっては嬉しい映画だと思う。映画の後半、話が暗くなるとともに風間も元気がなくなってくるのだが、そのすねたような風間もなかなか魅力的ではある。
しかしまどかとリリーに比べ、男性陣が描写不足なのは否ない。風間も充分好演しているのだがどこか物足りない。全体的に荒い印象の映画だが、登場人物をもっと深く描けていたなら、映画の印象ももう少し変わったのでは?と生意気にも思う。
 

※文中敬称略